
現代では、各世代から多様な愛され方をされているブレザー。“金ボタンがあしらわれたネイビーのジャケット”という印象が強いが、厳密にはメタルボタンを備えたテーラードジャケットを指す。今回は、英国での誕生秘話からアメトラの象徴となった歩み、日本での浸透までを整理する。さらに、名作映画のワンシーンや英国王室のブレザースタイルを切り取り、ビジネスウェアとして着こなすときに意識したいポイントを麻布テーラーの篠塚さんとともに深堀り。最後には、ピッティウオモスナップから注目のカジュアルスタイル、そしておすすめ5モデルを紹介する。
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ブレザーの起源は19世紀の英国にアリ!ケンブリッジ大学のボートクラブ LMBC発祥説と軍艦 HMS Blazer発祥説の2つが有力
ブレザーの起源には、19世紀の英国における2つの有力説が存在する。一つは、ケンブリッジ大学のボートクラブであるレディ・マーガレット・ボート・クラブ(Lady Margaret Boat Club/LMBC)が使用していた赤い上衣とする説。もう一つは、英国海軍の軍艦HMS Blazerの乗組員が王室行事に臨む際に着用したネイビーのダブルジャケットを起源とする説だ。
ケンブリッジ大学のボートクラブ LMBC 発祥説
LMBCのブレザーは1830年代から1840年代にかけて着用されていた記録が残る。鮮やかな赤のフランネル素材で仕立てられており、競技中の視認性を高めるために採用されたという。これがのちに燃えるように赤い上着を意味するブレザーの語源となったと言われている。
こちらは1890年代に撮影されたLMBCメンバーの集合写真 写真:Mary Evans Picture Library/アフロ 19th century vintage photograph – Lady Margaret Boat Club, Cambridge, rowing team, 1890s
軍艦 HMS Blazer 発祥説
HMS Blazer起源説では、1837年にヴィクトリア女王が軍艦を視察する際、乗組員がネイビーのダブルの上衣に金属製のボタンを打ったジャケットを着用して迎えたとされる。この服装が宮廷関係者の目に留まり、海軍の正式な礼装として広まったという説である。背中にはベントはなく、真鍮や金色のボタンが複数並んでいたとされ、現在のダブルのネイビーブレザーの原型とされる。
第1次世界大戦中に撮影された英国海軍士官 写真:Mary Evans Picture Library/アフロ Two officers of the Royal Navy on the deck of a ship during the First World War. The man on the right is possibly Commodore (later Admiral of the Fleet) Sir Reginald Yorke Tyrwhitt (1870-1951). Date: 1914-1918
これらの説の時期は重なっており、どちらが先であるかを断定することは難しい。ただし、シングルのクラブユニフォーム型としてのLMBCと、ダブルの海軍礼装型としてのHMS Blazerという二つの系統が十九世紀の英国に並行して存在していたことは確かだ。現在一般にブレザーと呼ばれる服の原型は、この二つのスタイルのいずれか、あるいは双方の影響を受けて形成されたと考えられる。
19世紀末から20世紀初頭にかけて米国に渡ったブレザーBrooks Brothersがデイリーウェアとして普及させ、アメトラの象徴的アイテムに!
英国で生まれたブレザーは、19世紀末から20世紀初頭にかけて米国へ渡った。当初はヨットクラブや大学のスポーツクラブなど、限られた上流層の間で英国風のクラブジャケットとして着用されていたが、Brooks Brothersがデイリーウェアとして再定義。同社は1930年代のカタログにおいて、濃紺のフランネルに金属製ボタンを配置したシングルジャケットをブレザーとして打ち出した。それ以前のクラブジャケットが赤やストライプなど派手な色柄を伴っていたのに対し、Brooks Brothersは色をネイビーに統一して胸章も排し、一般男性がビジネスからカジュアルまで幅広く着られる服へと落とし込んだ。この“ネイビー×金ボタン×シングルブレステッド”といった構成こそ、現代のブレザー像の原型である。
そして、この仕様はすぐに大学生から支持を獲得。1940〜50年代のアイビーリーグでは、キャンパススタイルの中心としてブレザーが採用され、卒業アルバムや学生新聞にはブレザー姿の若者が頻出するようになる。やがてアイビールックがメンズファッション全体に波及すると、ブレザーはアメリカントラッドの象徴として全国で知られる存在に。1950年代後半には、センターフックドベント、パッチポケット、段返り三つボタンといったディテールが定番仕様となり、各社が同様のブレザーを展開。さらにブレザーは、日常着の枠にとどまらず、多くの政治家やアーティストなど著名人たちが公の場で着用するようになった。
写真:AP/アフロ Bianca Jagger and artist Andy Warhol talk at party honoring film director George Cukor at Tavern on the Green Restaurant in New York Sunday, April 30, 1978. The party for Cukor followed a gala at Lincoln center. (AP Photo)
日本では1960年代にブレザーが本格普及アイビーブームをきっかけに浸透し、各世代に支持されるタイムレスなアイテムへ
ブレザーが日本に本格的に浸透したのは、1960年代のいわゆるアイビーブームがきっかけ。VANジャケットや雑誌『MEN’S CLUB』が主導したこのムーブメントでは、紺ブレにボタンダウンシャツ、レップタイという米国の学生スタイルが紹介された。
その後、1970年代から90年代にかけてブレザーは日常着として定着していく。中高生の制服としてブレザー型が採用されるようになり、制服という認識が一般化する一方で、私服としてはチノパンやジーンズといった組み合わせが広まる。特に1980年代後半から1990年代にかけての渋カジブームでは、デッキシューズやローファーと合わせた軽快なスタイルとして親しまれた。
近年は、古着市場の拡大や様々なブランドによる再提案を背景に、若者の間で、従来のドレスコードに縛られない自由な解釈が定着。世代によって着こなしが大きく異なるという事実は、ブレザーが一つのスタイルに固定された服ではないことを示している。先日公開した【ブレザースタイル進化論「Z世代」VS「ゆとり世代」麻布テーラーと真面目に考えるアップデートのヒント】の記事では、麻布テーラーの異なる世代のスタッフが、ブレザーを世代ならではのバランスで提案。タイムレスでありながら、時代や世代によって解釈が変わる。その着こなしの幅こそが、ブレザーを取り入れる上で楽しみたいポイントだ。
ここからはビジネスシーンでブレザーを取り入れる際の参考になる、ウェルドレッサーたちの着こなしを紹介していく。また、各パートごとで実際にビジネススタイルとしてブレザーを着こなす際に生じる素朴な疑問について、多くのファッション愛好家やビジネスパーソンから支持される“ファッションテーラーのパイオニア”である麻布テーラーの篠塚さんに回答頂いた。
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