「ハリウッド ランチ マーケット」とは?日本でアメリカンスタイルをいち早く取り入れたその歴史やマストバイアイテムを紹介

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独特の世界観で異彩を放つ「ハリウッド ランチ マーケット(HOLLYWOOD RANCH MARKET)」は、代官山に居を構える日本の代表的なカジュアルショップの一つ。デニムを中心としたアメリカンカジュアルなアイテムで、45年以上にわたり日本のファッションを支え続けている。今回は「ハリウッド ランチ マーケット」に注目して歴史や魅力、代表的なアイテムを紹介!

ハリウッド ランチ マーケット(HOLLYWOOD RANCH MARKET)」は日本のカジュアルファッションシーンを牽引してきた立役者!

ハリウッド ランチ マーケットは、株式会社 聖林公司(せいりんこうし)が運営するカジュアルショップでありオリジナルブランド。実に45年以上の歴史を誇る老舗ショップで、千駄ヶ谷に第一号店をオープンした当初は古着屋のパイオニア的存在としてアメリカンユーズド品をメインで取り扱っていた。その後、1979年に代官山へとショップを移し、アメリカンカジュアルをベースとしたアイテムを展開。ブランドのオリジナルアイテムや世界各国から集めたセレクトアイテムなど、豊富なラインナップはもちろん、異彩を放つ個性むき出しの店内外の雰囲気も魅力のひとつだ。

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創業者のLAでの稀有な経験がハリウッド ランチ マーケットの独特な世界観を築いた

ハリウッド ランチ マーケットが千駄ヶ谷にオープンしたのは、1972年のこと。わずか10坪ほどのショップで、らせん階段を上がっていったビルの3階にあった。そこで売られていたのは、古着を中心にインセンス、その他雑貨やアクセサリーなど。MILLERのネオンサインやOPEN/CLOSEのサインをディスプレイしたり、大きな古いトランクをレジ台代わりにするなど、他にはない独創的な世界観で注目を集めていた。

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そもそも、このユニークなショップが生まれた背景には創業者の稀有な経験があるのだとか。アイビーファッションを提案するブランドVAN JACKETに勤めていた創業者は同ブランドを退社後、約50年前の1967年9月2日、横浜大桟橋から三井の「ぶらじる丸」に乗船し、ハワイ経由でカリフォルニアのサンペドロを訪れた。その後、ロサンゼルスを経てサンフランシスコ ヘイトアシュベリーへと足を運んだ際、目の前に花柄のバスが停まり周りから音楽が流れ、どこからともなくインセンスが香ってきたという。それがハリウッド ランチ マーケット創業者のヒッピーカルチャーとの出会いであり、現在のハリウッド ランチ マーケットの独特な世界観を築く礎となる経験であった。

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いまや当たり前となった古着ファッション・カルチャーをいち早く日本に根付かせたパイオニア

ショップを立ち上げた当初は、日本において古着そのものが非常に珍しい時代で、アメリカのユーズドアイテムを扱っていたのはハリウッド ランチ マーケットのみ。ハワイアンシャツやネルシャツ、シャンブレーシャツ、オーバーオールにジーンズといった、現在ではユーズドアイテムの定番として各ショップが提案しているものをいち早く取り扱っていた。今ならどこにでもあるフロントジップのスウェットパーカーやスウェットパンツなども、その当時では珍しいアイテム。古着をファッションとして取り入れることが珍しかった時代に新しい価値観をもたらし、古着のカルチャーを日本に根付かせた先駆者となった。

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1975年には表参道の「原宿ファッションビル」5階に系列店舗として「スタークラブ」を、翌1976年には渋谷区神宮前2丁目に「極楽鳥」をオープン。極楽鳥では照明のオブジェやオリジナルのネオンを置いていたほか、ニットキャップやボーイズサイズのHanes(ヘインズ)のTシャツ、ラコステのポロシャツ、SCHOTT(ショット)のライダースジャケットなど、数年後には誰もが知ることになるアイテムをいち早く扱っていた。しかし、その当時では先見の明が過ぎたのか、そういったアイテムはあまり売れ行きが振るわなかったという。この頃、原宿の街並みが変わりはじめショップを維持していくのが難しくなり、1978年に入るとハリウッド ランチ マーケットを皮切りに系列3店舗を全てクローズした。

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