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キアヌ・リーブス。1200万ドルの続編を断り、スターの特権にしがみつかなかった男【男前列伝】

キアヌ・リーブス。1200万ドルの続編を断り、スターの特権にしがみつかなかった男【男前列伝】

1994年、『スピード』の大ヒットでKeanu Reeves(キアヌ・リーブス)はハリウッドのトップスターへ駆け上がった。ところが翌年に選んだのは、次なる超大作ではなく、真冬のカナダ・ウィニペグで演じるシェイクスピアの『ハムレット』だった。その後、『スピード2』で提示された1200万ドルも断っている。これだけなら、金より作品を選ぶ俳優の美談で終わる。しかし、その後の30年を追うと話はもっと面白い。『マトリックス』では自分が得るはずだった利益の一部を特殊効果と衣装チームへ回し、共演したい俳優を迎えるために出演料を削った。かつて自分のスタントマンだった男には『ジョン・ウィック』を託す。バイクへの情熱はメーカー設立へ、本への関心は出版社設立へつながった。キアヌ・リーブスは、スターとして得た金、影響力、選択権を、自分の利益を増やすためだけではなく、作品と人のためにも使ってきた男だ。

売れた直後の選択『スピード』大ヒット翌年は『ハムレット』へ。1200万ドルの続編も断った


1995年、キアヌはManitoba Theatre Centre(マニトバ・シアター・センター、現Royal Manitoba Theatre Centre)で『ハムレット』の主役を演じた。劇場の公式記録によれば、公演は同劇場史上初めて開幕前に完売。観客数は2万6000人に達し、そのうち約1000人はマニトバ州外から訪れた。アルゼンチンや中国から足を運んだ観客までいたという。[1]同時期にはRobert De Niro(ロバート・デ・ニーロ)とAl Pacino(アル・パチーノ)が出演する『ヒート』からもオファーを受けていたが、後にVal Kilmer(ヴァル・キルマー)が演じる役を断って舞台へ向かった。さらに『スピード2』では1200万ドルを提示されたものの、出演を拒否した。

この判断を機に20th Century Fox作品への出演は11年間途絶えたと、2019年の本人インタビューで報じられている。それでも、過去に断った役を後悔しているかと問われたキアヌの答えは「No」だった。[2]これを「大金より芸術を選んだ」とまとめるのは違う。キアヌはその4年後に『マトリックス』へ出演し、その後も数々の商業大作で主演している。大作そのものを避けていたわけではない。同じインタビューでは、映画には「なぜ作るのか」という理由が必要だと語り、何が自分のエゴを満たすのかと問われると28秒ほど黙った末に「The work」と答えた。[2]大作か小劇場か、提示額はいくらかではなく、自分がその作品に参加する理由を持てるか。『スピード』で売れた後も、その判断基準を変えなかった。

高まった市場価値をどう使ったか『マトリックス』で得るはずだった利益を、特殊効果と衣装チームへ回した


1999年、『マトリックス』が世界的な成功を収めると、主演したキアヌ自身の市場価値も跳ね上がった。その上昇分を、より高い出演料や成功報酬として自分だけが受け取ることもできたはずだ。

ABC Newsが2001年にThe Wall Street Journalの報道を紹介した記事によれば、『マトリックス』続編2作について、興行成績などに連動する自身の利益分配権の一部を手放し、特殊効果と衣装デザインチームへ回るようにしたという。

映画会社幹部は、作品を支えた彼らにも成功に見合う報酬が渡るべきだとキアヌが考えていたと証言している。[3]さらに1997年の『ディアボロス 悪魔の扉』ではAl Pacino(アル・パチーノ)を起用できるよう、自身の出演料を数百万ドル規模で減額した。

2000年の『リプレイスメント』でもGene Hackman(ジーン・ハックマン)との共演を実現するため、自分の報酬を削ったと同記事は伝えている。[3]この話を「金に興味がない人」で終わらせると、本質を取り逃がす。出演料が高くなったからこそ、その一部を削れば共演したい俳優を迎えられる。巨額の成功報酬を受け取れる立場だからこそ、その一部を作品を支えたスタッフへ回せる。高まった自身の市場価値を、報酬の最大化だけには使わなかったのだ。

編集部 三井
立場が上がるほど、手にした権限を自分の待遇や評価を守るために使いたくなるものです。キアヌは、スターになって増えた影響力を人選や制作環境にも使いました。俳優に限らず、組織で決定権を持つようになった人ほど考えさせられる振る舞いではないでしょうか。

肩書より実力かつて自分のスタントマンだった男に、『ジョン・ウィック』を託した


『マトリックス』でキアヌ演じるNeo(ネオ)のスタントダブルを務めたChad Stahelski(チャド・スタエルスキ)。その後、スタントコーディネーターや第2班監督として経験を積んだスタエルスキとDavid Leitch(デヴィッド・リーチ)に、キアヌは後の『ジョン・ウィック』となる脚本を持ち込んだ。2人は企画に加わり、スタエルスキは第1作で長編監督デビューを果たす。[4]かつて自分の危険なスタントを担った男に、今度は映画そのものを託した。

キアヌは、スタントマン時代から能力を知る相手を、今度は監督として信頼した。そして作品を託した後は、主演俳優としてその要求に応えている。『ジョン・ウィック:コンセクエンス』撮影時、キアヌは58歳。14の大規模なアクションパートへ備え、9カ月にわたって複数の技能を訓練した。スタエルスキによれば、車を片手でドリフトさせながら銃を扱えるところまで習得していたという。[4]

この関係を、単なる「立場の逆転」と見るのは惜しい。スタントの現場で技術を磨き、演出へ領域を広げたスタエルスキと、その力量を認めて作品を任せたキアヌ。過去の役割に縛られず、現在の実力を基準に組んだ2人の仕事は、その後も『ジョン・ウィック』シリーズで続いていく。

好きなら、作る側へバイクが好きでメーカーを、本が好きで出版社を作った


映画の外でも、キアヌは好きなものを楽しむだけでは終わらない。バイクでも出版でも、愛好家の立場に留まらず、自ら制作や事業へ踏み込んでいる。2011年、バイクビルダーのGard Hollinger(ガード・ホリンジャー)へカスタム車両を依頼したキアヌは、完成した1台を気に入り、「もっと作ろう」と持ちかけた。そこからARCH Motorcycle(アーチ・モーターサイクル)が生まれる。ホリンジャーは当初、有名俳優が参加することでセレブの自己満足事業に見られることを懸念していたという。ところがCBS Newsの取材では、キアヌを「ultimate test rider」と評し、名前を貸すだけの共同経営者ではないことを説明している。本人も事業への向き合い方を「all in」と表現した。[5]

出版の世界にも、自ら作り手として関わっている。Alexandra Grant(アレクサンドラ・グラント)らとの共同制作を経て、2017年には独立出版社X Artists’ Books(エックス・アーティスツ・ブックス)の設立に参加。ジャンルの境界をまたぐアーティストブックや文学、翻訳作品などを世に送り出してきた。[6]高級なバイクを所有するだけでも、本を収集するだけでも趣味は成立する。それでもキアヌは、バイクならメーカー、本なら出版社という形で、自分が好きな分野に作り手として入り込んだ。興味を持ったものと長く深く関わるために、事業そのものまで立ち上げている。

ネットで広まった美談を検証「『マトリックス』収入の70%を寄付」はデマ。では、実際のキアヌは?


キアヌ・リーブスには、事実以上に膨らんだ「いい人伝説」がいくつもある。代表例が「『マトリックス』で得た収入の70%をがん研究へ寄付した」という逸話だ。SNSやウェブ記事で繰り返し拡散されたが、2022年にキアヌの広報担当者がNewsweekへ「事実ではない」と回答。The Independentにも同様に回答している。[7]ただし、慈善活動そのものが作り話だったわけではない。本人は2009年のLadies’ Home Journalで、小児病院とがん研究を支援する私設財団を数年間運営していることを明かし、自分の名前を表へ出したくないとも語っている。[7]もうひとつ象徴的なのが「Sad Keanu」だ。2010年、1人でベンチに座ってサンドイッチを食べる写真が撮られ、世界中で「悲しみに沈むキアヌ」としてミーム化された。

2021年、『The Late Show with Stephen Colbert』でStephen Colbert(スティーブン・コルベア)から写真を見せられた本人は「I’m just eating a sandwich, man!」と笑い、考え事をしていて、いろいろ抱えてはいたが、腹も減っていたと説明している。[8]寄付額は誇張され、サンドイッチの写真には本人が語っていない感情まで付け加えられた。キアヌが多くを語らないからこそ、周囲がそれらしい物語を作りたくなるのかもしれない。誇張を除いて確認できるのは、小児病院とがん研究を支える私設財団を運営してきたこと、そして映画の成功による利益の一部をスタッフへ回したことだ。数字や物語を足さなくても、十分に興味深い人物である。

30年以上続く日本との接点キアヌは本当に日本好きなのか?本人の発言から確かめる


キアヌについて検索すると、日本の食文化や清潔さを海外TVで絶賛したとする動画がいくつも出てくる。出典まで確認できない発言を、本稿で事実として採用するつもりはない。では、本人の発言と行動だけを追うとどうか。日本への継続的な関心を示す記録は複数確認できる。『47RONIN』の撮影では日本語の発音指導を受け、多くの侍映画を鑑賞。

日本の思想についても読み、Hiroyuki Sanada(真田広之)から刀の扱いだけでなく、座り方、手の置き方、礼の深さまで教わったと本人が撮影現場のインタビューで語っている。[9]

日本との接点はそれ以前からある。1992年にはサントリーリザーブの広告へ出演し、約30年後の2023年にはサントリーウイスキー100周年企画へ再登場。サントリーの公式発表でキアヌは、自身がサントリーウイスキーのファンだとしたうえで、日本の高度なものづくりと細部へのこだわりに敬意を示し、それを自身が俳優として技術を磨く行為とも重ねている。[10]さらに2026年4月6日放送の『The Late Show with Stephen Colbert』では、ブロードウェイで演じた『Waiting for Godot』をもう一度やるならどこへ行きたいかという話になった。コルベアがロンドン、日本と候補を挙げると、キアヌは「I wouldn’t mind going to Japan」と返し、West Endで演じた後はTokyoへ行く案まで口にしている。[11]ネット上に流れる「日本を絶賛したキアヌ」のすべてを信じる必要はない。日本語の発音指導を受け、侍映画を見て、日本人俳優から所作を学び、30年以上を隔てて同じ日本企業と仕事をし、2026年にも東京での上演に前向きな言葉を口にした。少なくとも「日本好き」という評価には、本人の発言と行動に基づく十分な根拠がある。

キャリアを追う伝記この男をもっと知る一冊①『Keanu Reeves: An Excellent Adventure』


Brian J. Robb(ブライアン・J・ロブ)によるキアヌ・リーブスの伝記。初期の俳優活動から『スピード』『マトリックス』、Dogstarでの音楽活動までを追い、スターになる前後のキャリアを時系列で把握できる。本稿で触れた1990年代の選択や、その後の歩みをさらに掘り下げたい人に向く一冊。英語版のみ。

キアヌという人物を読み解くこの男をもっと知る一冊②『Keanu Reeves: Most Triumphant』


Alex Pappademas(アレックス・パパデマス)が2022年に発表した人物論。出演映画だけでなく、バイク、出版活動、インターネット上のミームまで横断しながら、なぜキアヌ・リーブスが長いキャリアを通じて独特の支持を集めてきたのかを考察する。俳優としての実績だけでは捉えきれない人物像まで知りたい人に適した一冊。英語版のみ。

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