記事で紹介した商品を購入すると、売上が当媒体に還元されることがあります。

ポール・ニューマン。名声を金に換え、利益の全額を慈善へ回した男【男前列伝】

ポール・ニューマン。名声を金に換え、利益の全額を慈善へ回した男【男前列伝】

白Tシャツとデニムの写真だけでも、半世紀後の男たちを惹きつける。Paul Newman(ポール・ニューマン)は、俳優としてアカデミー主演男優賞を獲得し、レーサーとしてル・マン24時間で総合2位に入った20世紀屈指のスターだ。しかし、この男の格を最も雄弁に物語るのは、スクリーンでもサーキットでもない。スーパーマーケットに並んだサラダドレッシングである。自分の顔で商品を売り、税引後利益をすべて慈善へ。やがて、重い病気を抱える子供が無料で過ごせるキャンプを作り、死後も寄付が続く構造まで残した。名声を栄光の歴史として個人に帰属させるのではなく、他者のために使い切る。幸運の活かし方を知っていた男前な俳優の物語。

起点地下室の洗濯桶から、すべては始まった

1980年12月、米コネチカット州ウェストポート。クリスマスを1週間後に控えたニューマンは、親友の作家A.E. Hotchner(A.E.ホッチナー)を自宅へ呼んだ。場所は土がむき出しの地下室。かつて馬房だった空間には馬の匂いが残り、頭上の梁にはクモの巣がかかっていた。そこで2人が始めたのは、事業会議ではなくサラダドレッシング作りだった。

ニューマンは市販品の甘味料や人工着色料、保存料を嫌い、レストランでもオリーブオイル、マスタード、赤ワインビネガーを頼んで自分で味を作っていた。その自家製ドレッシングを洗濯桶ほどの容器で大量に混ぜ、空いたワイン瓶へ注ぐ。コルクと手作りのラベルを付け、クリスマスイブに近所の友人へ配る算段である。

必要な本数を詰めても、桶にはまだドレッシングが残った。そこで浮かんだのが、余りを地元の食料品店で売り、少し稼いで釣りに行こうという思いつきだった。後に6億ドル規模の寄付を生む事業は、大志ではなく、2人の遊びから動き出した。[1]

決断名声を商売に使う。ただし、利益は自分のものにしない

商品化は簡単ではなかった。1982年、2人が大手マーケティング会社へ相談すると、市場調査に30万から40万ドル、発売初年度の宣伝に約100万ドルが必要だと告げられた。有名人の名を冠した食品は過去に失敗が多く、映画でニューマンを好きな観客がドレッシングまで買うとは限らないという指摘も受けた。それでもニューマンは4万ドルの元手を出し、2人のやり方で進める。

製造業者とは半年かけて30回以上の試作を実施。保存性を高める添加物を求められても譲らず、自宅で作る味を量産品へ落とし込んだ。隣人だったMartha Stewart(マーサ・スチュワート)のキッチンでは、市販品を交えたブラインドテストを開催。ほぼ全員がニューマンのドレッシングを1位に選び、商品そのものの強さも証明された。

最後の難関はラベルだった。地元スーパーの経営者Stew Leonard(ステュー・レナード)は、商品を置く条件としてニューマンの顔写真を求めた。名前だけでは、客はハリウッドスターの商品だと気づかない。ニューマンは「自分の顔をドレッシングの瓶に載せるなんて」と拒む。

だが、釣り船の上で考えが変わった。自分の顔を使って私腹を肥やすなら品がない。慈善という目的へ進むためなら、スターの顔が持つ販売力を使う意味がある。そう考え、写真の掲載を受け入れる代わりに、利益をすべて慈善へ回す方針を決めた。名声を清廉に遠ざけたのではない。その価値を認めたうえで、利益の行き先だけを変えたのである。[2]

編集部 三井
ニューマンは、有名人の顔が商品販促に絶大な効果を発揮するという現実から逃げませんでした。その力を正面から使いながら、自分の取り分にはしないことで品格を示した点が鮮やかです。

実行2週間で1万本。利益の行き先は、最初から慈善だった

発売時、ステュー・レナードの店頭にはニューマンの来店を知らせる大看板が出た。数百人の客が押し寄せ、店内は身動きが取りにくいほど混雑。Newman’s Own(ニューマンズ・オウン)のドレッシングは、わずか2週間で1万本を売った。

成功してから利益の一部を寄付へ回したのではない。ニューマンとホッチナーは事業を始める時点で、税引後利益を自分たちの取り分にせず、すべて慈善へ回すと決めていた。初の通年営業となる1983年には、売上320万4335ドル、税引後利益39万7000ドルを記録し、その全額を数十の慈善団体へ分配。商品がパスタソース、ポップコーン、レモネードへ広がっても、この原則は変わらなかった。つまり、寄付は利益の使い道ではなく、この事業の目的だったのである。[1]

寄付先の選定も人任せにしなかった。ホッチナーの回想によれば、2人は毎年12月になると、パストラミサンド、ルートビア、リコリス菓子を前に、支援先を選ぶ時間を設けた。この気取らない会議は24年にわたって続いたという。冗談から生まれた会社を、責任の部分まで冗談にしなかった。

創設重い病気を抱える子供に、患者ではない夏を

1980年代、ニューマンと妻Joanne Woodward(ジョアン・ウッドワード)は、友人ががん治療を受けていた地元の病院を訪ねた。同じ廊下には、治療中の子供たちと家族がいた。娘クレアの証言では、学校へ行けず、友人とも離れてしまうという家族の話が、父の心を強く動かしたという。ただし、キャンプ創設を決めた単独の出来事があったわけではない。自分は多くの幸運に恵まれたという意識と、病気によって子供時代を奪われる現実が、少しずつ結び付いていった。[3]

ニューマンが構想したのは、静養させる施設ではなかった。水泳、乗馬、釣り、キャンプファイヤーを楽しみ、ときには少しくらい羽目を外せる場所である。The Hole in the Wall Gang Camp(ホール・イン・ザ・ウォール・ギャング・キャンプ)という名は、出演作『明日に向って撃て!』に登場する無法者集団から取った。約300エーカーの敷地には、子供のための西部劇の町を建設。その裏側に24時間対応の医療チームと高度な医療設備を置き、緊急搬送にも備えた。遊びを病院へ近づけるのではなく、医療を遊びの場所へ持ち込む発想だった。医学誌『The Lancet Oncology』も、必要な医療を受けながら子供が遊び、友人を作り、再び笑える場として同キャンプを記録している。[4]

1988年6月に開所し、最初の夏には288人が無料で参加した。ニューマンは湖の対岸に小屋を建て、たびたび顔を出したものの、子供を慈善活動の広告には使わなかった。報道関係者の訪問や撮影を厳しく制限し、病気ではなく遊びが主役になる環境を守った。後年、車椅子で暮らす少女から「ここで初めて友達ができた」と伝えられた際、ニューマンは目に涙を浮かべたと記録されている。[2]

継承死後も寄付が止まらないよう、会社そのものを残した

大金を寄付するだけなら、本人が死ねば終わる。ニューマンは2005年に財団を設け、食品会社の所有権を段階的に移した。2005年から2006年に寄付した持ち分の評価額は、計1億2000万ドル。2008年にニューマンが亡くなった後も、財団が会社を所有し、商品の販売から得る利益の100%を慈善目的へ使う構造が残った。[5][6]

Associated Press(AP通信)が2025年に報じた数字では、ニューマンズ・オウンは2022年までに累計6億ドルを寄付したと公表。キャンプから発展したSeriousFun Children’s Network(シリアスファン・チルドレンズ・ネットワーク)も、2025年までに30のキャンプとプログラムを展開し、重い病気を抱える子供と家族へ累計200万回を超えるキャンプ体験を無料で提供した。いずれの数字も、ニューマンが2008年に亡くなった後まで伸び続けた実績である。[3][6]

ニューマンが繰り返し口にしたのは、自分は幸運だったという認識だ。容姿、俳優として巡ってきた機会、長く生きる時間。俳優として得た名声も、そこから生まれた富も、自分だけのために使い切ろうとはしなかった。[2]だから青い目まで商品ラベルに使い、その収益を、自分では選べない病と向き合う子供たちへつないだ。

この男をもっと知る一冊①『Shameless Exploitation in Pursuit of the Common Good』

ポール・ニューマンとA.E.ホッチナーが2003年に刊行した共著。ドレッシング作り、製造業者探し、型破りな販促、寄付先の選定、キャンプ建設まで、今回の逸話を当事者の視点でたどれる。商売の失敗談を笑いに変える2人の筆致も軽快。英語版のみだが、この物語を深く知るなら最初に手を伸ばしたい。

詳細はこちら

この男をもっと知る一冊②『ポール・ニューマン語る ありふれた男の驚くべき人生』

1986年から約5年にわたって行われ、死後に発見されたインタビューを再構成した自伝。劣等感、飲酒、最初の結婚の破綻、息子の死まで隠さず語り、完成された聖人像を拒む。今回の事業譚を直接解説する本ではないが、なぜニューマンが成功を自分だけの力と考えなかったのか、その内面へ最も深く入れる日本語の一冊となる。

詳細はこちら

参考文献

  1. Adrian Burton, 「Paul Newman, sick children, and a hole in the wall」, The Lancet Oncology, Vol.9, Issue 11(2008年11月)

この記事の著者

Follow us !

会員登録して
OTOKOMAEメールマガジンを受け取ろう

メールマガジンを受け取る

OTOKOMAE 公式 Instagram スナップ

OTOKOMAE 公式Instagramで最新スナップをチェック