イタリアを越え、世界を代表するファッションブランドとして名高い「ジョルジオ アルマーニ」。そのデザイナーであるジョルジオ・アルマーニ氏は、2024年の7月11日に90歳を迎えた。今もなお現役でクリエイションに携わり、ファッション界を越えて存在感を放っているが、皆さんはどれほどジョルジオ・アルマーニという人物、ブランドについてご存知だろうか?今回、アルマーニの真価ともいえる要素を抽出していく。
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アルマーニとは?
アルマーニとは、「モードの皇帝」「ミラノモードの3G※1」「モード界のミケランジェロ※2」等と称賛されるファッションデザイナーのジョルジオ・アルマーニ氏、もしくは同氏が展開する複数のブランドの総称として用いられる。ジョルジオ・アルマーニ氏は、1934年7月11日にイタリアのピアチェンツァで誕生。ミラノ大学医学部に入学したが、わずか数年で中途退学し、1957年にミラノの大型百貨店「ラ・リナシェンテ」のバイヤーに。そこでニーノ・チェルーティの目に留まる。フリーランスデザイナーとして、ヒットマン、モンテドーロ、シコンズ等、数々のブランドで手腕を発揮してきた。
Photo by Vittoriano Rastelli
その後、1975年にセルジオ・ガレオッティとともにジョルジオ・アルマーニ社を設立した。「ジョルジオ アルマーニ」「エンポリオ アルマーニ」「A|X アルマーニ エクスチェンジ」等のアパレル事業の他、ホテルやレストラン、インテリア等の事業もトータルで展開し、名実共にイタリア経済を牽引する存在だ。アンコンジャケットの考案によりスーツに革命を起こしたほか、いち早く映画界やスポーツ界への衣装・ユニフォーム提供を行ったり、他企業に先んじてユニセフをはじめとする人道支援・慈善活動に取り組む等、同氏の偉業は枚挙にいとまがない。また、現在多くの人気ラグジュアリーブランドが、コングロマリットの傘下で存続するなか、アルマーニ氏は会長、そして単独株主の地位を保持している。そういった意味でもアルマーニは、ファッション業界で非常に際立った存在である。
※1 1980年代、ジョルジオ・アルマーニ氏は、ジャンフランコ・フェレ氏、ジャンニ・ヴェルサーチ氏と並び「ミラノの3G」と呼ばれ、モードを牽引するデザイナーとして一時代を築いた。
※2 サックス・フィフス・アベニューの仕入責任者マット・セラがウオモ・ヴォーグ誌でアルマーニ氏を同表現で称賛。
以下はアルマーニが展開するブランドの概要だ。
ここからは、アルマーニの真価といえる要素を6の観点から紹介する。
アルマーニの真価①ジャケットの構造を解体・再構築し、ファッションの次元に昇華
1970年代にアルマーニが登場するまで、ジャケットはクラシックなドレスウェアの厳格なルールに縛られていた歴史がある。アルマーニ氏にとって既存のジャケットは「誰が着ても同じに見えてしまう、自分らしい装いを妨げる元凶」であった。そこで同氏は、ジャケットの構造をすべて解体し、着た人がより自由に動けるように再構築。ミラノ大の医学部生時代の解剖学の知識もあり、ジャケットの解剖は実に見事かつ大胆にやってのけた。硬くて重い生地を軽やかで落ち感のある生地に変更、そして肩パッドや芯地を取り除くことにより、いわゆる「アンコンストラクテッド・ジャケット(アンコンジャケット)」を考案。そして、ワイドショルダー、細身のラペルや大胆に絞ったウエストラインを採用し、ジャケットのデザインを根底から改革。俳優やアーティスト、作家、建築家といったクリエイティブな職業の男性達が、アルマーニの提案にいち早く飛びついた。
Mondadori/アフロ
アルマーニの真価②着る人を主役にするカラーパレット「グレージュ」の提案
アルマーニが駆け抜けた80年代は、装飾的なデザインや派手なカラーリングの服が流行し、個性や存在感という観点において、服が人を凌駕するような時代であった。そんな80年代の狂騒のなかで、アルマーニ氏は「服ではなく、あくまで着る人が主役となるべきだ。」という考えのもと、「グレージュ」を中心とした洗練されたカラーパレットを取り入れたアイテムを発表していく。アルマーニ氏のカラーパレットは、様々な風景から色使いの着想を得ている。特に、同氏が幼少期を過ごしたピアチェンツァの原風景、1920年から1930年代までのモノクロ映画、無機的な大都会の雰囲気などから生まれたグレージュは、洗練されたニュートラルなカラーリングによって着る人を主役にする。そして、グレージュはあらゆる人種の肌や髪の色に映えるだけでなく、不思議とヴィヴィッドなカラーとの相性も良い。グレージュはアルマーニのクリエイションの根幹をなす色であり、現在でも代表的なものとなっている。
アルマーニの真価③働く人に自信と威厳を授けるパワースーツを生み出した
スーツは、アルマーニを象徴するアイテムのひとつ。1980年代、ビジネスエリート層の間では、高級なスーツはビジネスにおける成功や権力の証とされており、彼ら彼女らが自身を鼓舞するのに不可欠な位置付けにあった。この手の装いは「パワー・ドレッシング」と呼ばれていたが、アルマーニのスーツは「パワー・スーツ」と称賛され、憧れのスーツブランドという地位を築いた。「仕事をしている人のための服を作ることが好き」とアルマーニ氏は度々語っているが、同氏が強く打ち出したのは特別なパーティーにおいてのみ映えるスーツではなく、ビジネスパーソンが平日の仕事中にまとうことで内なる自信を持てるスーツだ。このスーツが男性に歓迎されたのはもちろんだが、当時きわめて困難であった女性の社会進出に挑むビジネスウーマンから熱狂的な支持を獲得した。そして現在、ジョルジオ・アルマーニの「メイド トゥ メジャー」、エンポリオ アルマーニの「メイド トゥ オーダー」にてアルマーニが提案するスーツは、今もなお着る者の背筋を伸ばし、自信と勇気を授け続けている。
アルマーニの真価④映画界との蜜月とマーケターとしての才覚
アルマーニを語る上で、映画界や数々のスターとの深い関わりは欠かせない。幼少期を映画とともに過ごしたアルマーニ氏は、“映画監督”という夢を持っていた。映画ではなくファッションの道を歩むこととなったアルマーニ氏だが、衣装デザイナーとして映画界での存在感を放つように。そのなかでも、1980年に公開された「アメリカン・ジゴロ」が代表的な作品で、特にアメリカにおけるアルマーニ人気を爆発させるきっかけとなった。リチャード・ギアが演じる主人公のジュリアンが着用した衣装のほとんどをアルマーニ氏がデザイン。これを皮切りに、映画界からのアルマーニへのオファーは絶えることがなくなり、また顧客リストにはハリウッドスターが続々と名を連ねることとなる。
Photofest/アフロ
ちなみに、今までに同氏がデザインした映画衣装は数百本にのぼる。これだけ継続的に多くの映画衣装を提供している背景として、同氏が元々映画好きだからという側面も否めないが、「アメリカン・ジゴロ」のヒットにより、映画への衣装提供は効果的なプロモーションになるといち早く気づき実践した優秀なマーケターとしての側面もあると考える。アカデミー賞の授賞式に出席するスターへの衣装提供やサッカー選手への衣装提供なども早くから行ってきた。デザイナーとしての超人的な才覚とともに、マーケターとしての非凡な慧眼には驚かされる。
アルマーニの真価⑤理想の男性像への深い洞察と実践
自らの装いにおいて、アルマーニ氏はネイビーブルーのアイテムを好んで取り入れていることで有名。最近の公の場では、ネイビーのTシャツとジャケット、そしてダークカラーのトラウザーズに白スニーカーを身につけた姿がよく見られる。同氏はネイビーブルーを偏愛する理由について、最も自分の個性を際立たせ、他人との心地よい距離感を保てるからだと説明。また、同氏は均整のとれた筋肉質でスリムな体型がとてもスタイリッシュだ。それもそのはず、食にこだわる健康主義者であると同時に、自宅にジムを設置し、毎日トレーニングを欠かさないそう。とは言っても、ボディビルダーのように高強度のウエイトトレーニングを行うわけではなく、ウォーキングやエクササイズがメイン。そこには、服における過剰な華美を良しとせず、ランウェイショーにおける演出のやりすぎに異議を唱える同氏の美学が見え隠れする。服飾史家の中野香織氏が『「イノベーター」で読むアパレル全史』で、アルマーニの忘れられない名言として挙げた「強い男とは、自分が強いということをあからさまに見せない男」という一節が思い返される。アルマーニ氏は、生み出す服だけでなく、自身のルックスや装いに至るまで、常に男性の理想像を反映しようという鋼の意志を持つ。彼のスタイルや哲学に共感する方は、少なくないのでは?
KCS/アフロ
アルマーニの真価⑥名実ともにイタリアの誇り
アルマーニは誰もが知る最高峰のデザイナーであり、最高級ブランドだ。イタリアの首相の名前は知らずとも、アルマーニの名は知っているという人は多いだろう。知名度もさることながら、日本や諸外国に住む多くの人々が持つアルマーニへのイメージは良好だ。一方でイタリアでは「国の誇り」と言い切れるほどの極めて高い名声を得ており、アルマーニ氏はイタリア共和国功労勲章である「カヴァリエーレ・ディ・グラン・クローチェ・デコラート・ディ・グラン・コルドーネ」を受賞した数少ない民間人である。これは、6段階ある勲章のなかでも最高位のもので、受勲者の大半は現役の大統領、もしくは大統領経験者。そのため、民間人が取れる実質的な最高位は一段下のものであるとされる。そういった中で大統領経験者などと同等の勲章を得た唯一のファッションデザイナーであるため、イタリア人がアルマーニ氏をどれだけ誇りに思っているかがわかるだろう。
courtesy of Giorgio Armani
アルマーニがこのようなポジションに到達した背景には、ビジネス的な成功という側面もあるが、それ以上に勢力的な慈善活動にその理由があると考える。貧困層に向けて食事を提供するNPOへの寄付や、緑化などの環境問題への取り組み、医療機関や教育機関への支援を意欲的に実施。現在のようにCSRの重要性が叫ばれるかなり以前から、エイズ対策支援を行っていたことでも知られている。
courtesy of Giorgio Armani