記事で紹介した商品を購入すると、売上が当媒体に還元されることがあります。

ジョン・ボン・ジョヴィ。「Livin’ on a Prayer」を歌った男が、15年続ける「値段のないレストラン」【男前列伝】

ジョン・ボン・ジョヴィ。「Livin' on a Prayer」を歌った男が、15年続ける「値段のないレストラン」【男前列伝】

世界的ロックスターとして成功したJon Bon Jovi(ジョン・ボン・ジョヴィ)が、ニュージャージーで続けているもうひとつの活動がある。彼が妻のDorothea Bongiovi(ドロシア・ボンジョヴィ)と立ち上げた「JBJ Soul Kitchen」は、一般的なレストランとは少し違う。メニューに一般的な意味での固定価格はなく、食事を必要とする人も、支える余裕のある人も同じ店で同じ料理を食べる。なぜ世界的スターが、こんな場所を約15年にわたって続けているのか。その背景をたどると、ステージの上とは違うジョン・ボン・ジョヴィの姿が見えてくる。

ニュージャージーから始まった物語世界的スターへ駆け上がった頃から、歌の中には普通の人々がいた


1962年にニュージャージー州で生まれ、セアヴィルで育ったジョン・ボン・ジョヴィ。本人は自らの出自を「very blue-collar working class」と振り返っている。両親が働く家庭で育ち、大学には進まず音楽の道へ。[1] ボン・ジョヴィは1986年発表の3rdアルバム『Slippery When Wet(ワイルド・イン・ザ・ストリーツ)』で世界的な成功をつかんだ。アルバムは全米チャート1位に到達し、現在までに世界で2,800万枚を売り上げている。[2] その収録曲「Livin’ on a Prayer」で歌われるのは、成功者の人生ではない。仕事が止まってしまったTommyと、ダイナーで働いて暮らしを支えるGinaという若い男女が、それでも2人で何とか生きていこうとする物語だ。Rolling Stoneは同曲について、労働者階級の男女を描いた歌と評している。[3] ジョン本人も後年、社会への関心が突然芽生えたわけではなく、「Runaway」「Keep the Faith」「Dry County」などにも、その時代の社会を見つめた視点があったと語った。[1] 「Livin’ on a Prayer」を後年の活動の予言として扱う必要はない。ただ少なくとも、華やかな成功者ではない人々の暮らしは、若い頃から彼の視界の外にはなかった。

住宅支援から始まったJon Bon Jovi Soul Foundationホテルの窓から見えたひとりの男性が、活動の焦点を決めた


世界的な成功を手にしたジョンが、慈善活動の軸を明確にしたのは2000年代半ばだった。2005年、フィラデルフィアのホテルから外を眺めていた彼は、市庁舎近くで段ボールの上に横たわるホームレスの男性を目にしたという。その光景が頭から離れず、知人を通じて出会ったのが、フィラデルフィアで長年ホームレス支援に携わってきたProject HOME(プロジェクト・ホーム)共同創設者のSister Mary Scullion(シスター・メアリー・スカリオン)だった。彼女とともに荒廃した住宅が残る地域を歩き、1軒の改修に必要な資金を聞いたジョンは、1軒ではなく一帯を改修する場合の費用を尋ねた。最終的に45万ドルを拠出し、15戸の住宅再生を支援。2006年秋に完成した。[4] 2006年には当時共同オーナーを務めていたアリーナフットボールチームPhiladelphia Soulの名を冠した財団を設立。その後、Jon Bon Jovi Soul Foundation(ジョン・ボン・ジョヴィ・ソウル・ファウンデーション)へと発展し、Project HOMEやHabitat for Humanity(ハビタット・フォー・ヒューマニティ)などと住宅支援を広げていった。[5]

ジョンは、分からない問題に対して自分だけで答えを作ろうとはしなかった。その分野を知る人のもとへ足を運び、すでに現場で機能している方法を学ぶ。この姿勢は、後のSoul Kitchenでも繰り返されることになる。

「値段のないレストラン」を約15年続ける食事を入口に、人と支援をつなぐ。Soul Kitchenがつくった地域の居場所


住宅支援を進めるなか、次に「食」の問題へ目を向けたのはドロシアだった。夫妻がテレビ報道を通じて知ったのが、メニューに一律の価格を設けず、客が払える方法で食事に参加するcommunity cafeという仕組み。当時すでに米国には先行例があり、2003年にはDenise Cerreta(デニス・セレッタ)がユタ州ソルトレイクシティで「One World Cafe」を開いていた。夫妻はテレビでデンバーのSAME Cafeを知り、その源流にあったOne Worldの活動へたどり着く。ドロシアは実際にユタ州まで足を運び、運営者たちから仕組みを学んだ。ジョン自身も後年、「そこがSoul Kitchenの基礎になった」と振り返っている。[5][6] 夫妻はその考え方をニュージャージーへ持ち帰り、2009年から2つの拠点で試験的に食事を提供。利用者の反応や地域の需要を確かめたうえで、2011年10月19日、Red Bank(レッドバンク)に「JBJ Soul Kitchen」の常設店を開いた。[7]

Soul Kitchenのメニューには一般的なレストランのような価格が記されていない。支払いができる客は推奨額を寄付し、さらに次の誰かの食事分を上乗せすることも可能。金銭的に余裕がない客も食事を利用でき、店側は地域とのつながりやボランティアへ参加する機会を用意している。現在、Soul Kitchen自身はこの方式を「pay what you can」ではなく「Pay It Forward」と説明する。[8] ここで重要なのは、この仕組み自体をジョン夫妻が発明したわけではないということだ。Soul Kitchenの特徴がより鮮明になるのは、その後の運営にある。所得によって人を別々の食堂へ振り分けず、同じレストランの客として迎える。健康的な3コースの料理を提供し、スタッフが利用者との関係を築くなかで、必要に応じて就労、住居、メンタルヘルス、依存症など地域の支援へつなげていく。2026年のJames Beard Foundationによる取材で、ドロシアは食事を人に店へ来てもらうための「vehicle」と表現した。食事そのものをゴールにせず、その先にある生活上の問題へアクセスする接点としてレストランを機能させているのだ。[9]

編集部 三井
最初は、この仕組み自体がジョン夫妻の発明なのだと思っていた。そうではないと知って、むしろ見方が変わった。社会課題に対して新しい答えを生み出すことだけが価値ではない。すでに機能している方法を学び、自分たちの地域に持ち帰り、実際の場所として長く動かし続ける。Soul Kitchenを調べていて惹かれたのは、ジョンのアイデアマンとしての才覚より、実行者としての側面だった。

そしてジョン自身も、この場所を「名前だけ貸した慈善事業」にはしていない。開業当初から皿洗いを担当する姿が報じられてきたが、より印象的なのが2020年だ。新型コロナウイルスの感染拡大によって通常営業が難しくなり、ボランティアも店に入れなくなった時期、ジョンは週5日厨房に入り、食器を洗いながら食事提供を支えた。テイクアウトのみとなった13週間には、Soul Kitchenから個人や家族、地域団体、医療従事者らへ7,800食を超える食事が提供されている。[10] 世界的ロックスターが皿を洗ったという一度きりの美談ではない。開業当初から担っていた役割が、店に人手が必要になったとき再び日常になったのだ。

 

この投稿をInstagramで見る

 

JBJ Soul Kitchen(@jbjsoulkitchen)がシェアした投稿

活動は一店舗で終わらなかった。2016年にはToms River(トムズリバー)、2020年にはRutgers University Newark(ラトガース大学ニューアーク校)、その後New Jersey City University(ニュージャージーシティ大学)にも拠点を展開。2026年6月にはJon Bon Jovi Soul FoundationとJBJ Soul KitchenがJames Beard FoundationのImpact Awardを受賞した。提供した23万4,000食超のうち58%は、利用者がボランティアに参加することで得た食事だという。[11] 2003年にユタ州で始まっていた仕組みを学び、ニュージャージーへ持ち帰り、試し、店を作り、地域に合わせて更新しながら約15年続ける。Soul Kitchenの価値は、その時間のなかにある。

2024年、ナッシュビルで起きた出来事橋の上でも、彼が最初にしたのは話すことだった


2024年9月10日、ジョンはテネシー州ナッシュビルのJohn Seigenthaler Pedestrian Bridge(ジョン・シーゲンターラー歩道橋)で「The People’s House」のミュージックビデオを撮影していた。そこで撮影チームが気づいたのが、橋の欄干の外側に立っていたひとりの女性だった。警察が公開した監視映像では、制作スタッフの女性とジョンが近づき、欄干越しにしばらく会話した後、2人で女性が安全な側へ戻るのを手助けしている。その後、ジョンは女性を抱きしめた。[12] ここまでの活動と、この日の行動に直接の因果関係があるとは言えない。それでも、約20年にわたりホームレスや貧困の問題に関わってきた人物が、目の前で危機にある人を見つけた時に取った行動として印象に残る。遠巻きに指示を出すのではなく、その人の近くまで歩き、まず話した。さらに報道が世界に広がった後も、ジョン側は危機的な状況にあった一般人への配慮から、この出来事について本人がコメントする予定はないと説明している。[12] 「ロックスターが女性を救った」という見出しには十分すぎる出来事だった。しかし本人は、そこに自分の言葉を重ねなかった。

この男をもっと知る一冊①『MUSIC LIFE Presents ボン・ジョヴィ 1983-2016』


ボン・ジョヴィのデビュー前夜から2016年までを、日本の音楽専門誌『MUSIC LIFE』が蓄積してきた記事や写真で振り返る一冊。1980年代のブレイク、世界的ロックバンドへ駆け上がった時代、その後の活動までを日本語でまとめて追える。今回の記事で触れたSoul Kitchenを主題とする本ではないものの、ジョン・ボン・ジョヴィがどれほど大きな成功を築いてきた人物なのかを知るうえで、そのキャリア全体を俯瞰できる資料だ。

詳細・購入はこちら

この男をもっと知る一冊②『Bon Jovi: When We Were Beautiful』


2008年の『Lost Highway Tour』を追ったドキュメンタリーと連動して制作された公式書籍。ステージ上の華やかさだけでなく、ツアーの裏側やバンド内の関係、長いキャリアを歩んできたジョン自身の言葉を通じて、ボン・ジョヴィという巨大なロックバンドの内側に迫る。日本語版のキャリア本からさらに一歩踏み込み、ジョン本人の考え方や人間像まで知りたい読者に薦めたい英語版の一冊だ。

詳細・購入はこちら

参考文献


[1] Rolling Stone Australia「Jon Bon Jovi on White Privilege, Colin Kaepernick, and His Band’s Challenging New Album」 2020年
[2] Bon Jovi公式アーカイブ「Slippery When Wet」
[3] Rolling Stone「The 500 Greatest Songs of All Time」Bon Jovi「Livin’ on a Prayer」
[4] The Philadelphia Inquirer「Mary of mercy」 2010年4月18日
[5] Forbes「Jon Bon Jovi: Hungry To Help」 2012年9月7日
[6] The Salt Lake Tribune「Bon Jovi sans Richie Sambora in Salt Lake City Wednesday」 2013年4月16日
[7] Jon Bon Jovi Soul Foundation「The Jon Bon Jovi Soul Foundation Celebrates Opening of the Soul Kitchen in Red Bank, NJ on October 19」 2011年10月19日
[8] Edible Jersey「JBJ Soul Kitchen is Addressing Food Insecurity」 2024年3月6日
[9] James Beard Foundation「Dining with Dignity at JBJ Soul Kitchen」 2026年5月22日
[10] The Atlanta Journal-Constitution「Why Jon Bon Jovi is washing dishes in New Jersey」 2020年7月24日
[11] Jon Bon Jovi Soul Foundation「James Beard Foundation Impact Award Honoree」 2026年6月17日
[12] The Washington Post「Jon Bon Jovi helps talk ‘distraught’ woman off ledge of Nashville bridge」 2024年9月12日
Genesis Publications『Bon Jovi: Forever』 2025年

この記事の著者

Follow us !

会員登録して
OTOKOMAEメールマガジンを受け取ろう

メールマガジンを受け取る

RELATED POST

マイケル・J・フォックス。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のスターが、本当に変えようとした未来【男前列伝】
COLUMN

マイケル・J・フォックス。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のスターが、本当に変えようとした未来【男前列伝】

キアヌ・リーブス。1200万ドルの続編を断り、スターの特権にしがみつかなかった男【男前列伝】
COLUMN

キアヌ・リーブス。1200万ドルの続編を断り、スターの特権にしがみつかなかった男【男前列伝】

アーネスト・シャクルトン。南極横断を果たせず、船も失った。それでも27人を生きて帰した男【男前列伝】
COLUMN

アーネスト・シャクルトン。南極横断を果たせず、船も失った。それでも27人を生きて帰した男【男前列伝】

ポール・ニューマン。名声を金に換え、利益の全額を慈善へ回した男【男前列伝】
COLUMN

ポール・ニューマン。名声を金に換え、利益の全額を慈善へ回した男【男前列伝】

オニツカタイガーがイマ人気の理由&大人男子が選ぶべきスニーカー5選
GOODS

オニツカタイガーがイマ人気の理由&大人男子が選ぶべきスニーカー5選

A|X アルマーニ エクスチェンジの最新コレクションは、ミリタリーテイストのアイテムにフォーカス
NEWS

A|X アルマーニ エクスチェンジの最新コレクションは、ミリタリーテイストのアイテムにフォーカス

なぜ今までなかった!? 新作ガンメタルウォッチに注目
FASHION

なぜ今までなかった!? 新作ガンメタルウォッチに注目

リアルビジネスマンのON/OFF着こなし特集×UNIVERSAL LANGUAGE
FASHION

リアルビジネスマンのON/OFF着こなし特集×UNIVERSAL LANGUAGE

デニムオンデニムの魅力とは?注目の歴史から同ブランドでつくるオススメのメンズコーデを紹介
GOODS

デニムオンデニムの魅力とは?注目の歴史から同ブランドでつくるオススメのメンズコーデを紹介

人気ヘアスタイリング剤シリーズ、オーシャントリコからナチュラルなツヤと束感を演出するヘアバームが登場!
NEWS

人気ヘアスタイリング剤シリーズ、オーシャントリコからナチュラルなツヤと束感を演出するヘアバームが登場!

セレブファッショニスタのスコット・ディシック氏が実践する洒脱なスニーカーコーデ術とは?
FASHION

セレブファッショニスタのスコット・ディシック氏が実践する洒脱なスニーカーコーデ術とは?

都会顔フリースの本命TATRAS(タトラス)「CARUNA(カルーナ)」の3の魅力とは?
GOODS

都会顔フリースの本命TATRAS(タトラス)「CARUNA(カルーナ)」の3の魅力とは?

OTOKOMAE 公式 Instagram スナップ

OTOKOMAE 公式Instagramで最新スナップをチェック