
この数年でAIは凄まじい進化を遂げた。そして、おそらくこの流れはまだまだ序章にすぎない。以前なら、優秀な秘書やコンサルタント、語学教師、編集者、デザイナーといった専門家の力を借りられること自体が、ある種の経済的な優位性だった。しかしAIの浸透によって、その構図は崩れ始めた。そして、ファッションの価値観も更新する必要に迫られている。
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正解を知ること自体が、武器ではなくなる世界線AI時代、ファッションは「情報戦」から「自己編集戦」へ変わる
文章はAIと共作でき、写真も生成できる。企画の壁打ちから情報整理まで任せられ、投資判断さえ補助してもらえる。食事やトレーニングの計画も、かつて専門家へ依頼していた領域の一部をAIが担うようになった。つまり、これまで一部の人だけが持てた「優秀な頭脳を借りる環境」が、急速に民主化している。だからこそ、これから問われるのはAIを使えるかどうかに加えて、空いた時間をどう有効活用するかだ。
例えば、AIによって仕事を1時間早く終えたとする。その時間をSNSの消費に使う人もいれば、運動、睡眠、読書、身だしなみ、人と会うことに使う人もいる。今後は空いた時間を「消費に使う人」と「自己投資に回す人」の差が、ますます広がっていくのではないだろうか。
AIは思考を補助できても、本人の代わりに身体を鍛えることはできない。眠ることも、服を着て街を歩くことも、膝を突き合わせて対話することも不可能だ。これから価値を持つのは、情報を持っている人ではなく、その情報を自分の行動へ変換できる人なのかもしれない。では、今後身だしなみで差がつくのはどのような部分なのか。
これまでのファッションでは、「何を知っているか」が少なからず差になっていた。どのブランドが良いのか。何が流行っているのか。どう組み合わせれば良いのか。どのサイズを選べば良いのか。こうした情報を知るには、雑誌を読み込み、ネットで検索し、ショップを回り、服好きの知人と話し、相応の時間と経験を投じる必要があった。
しかし、AIが普及した今、この情報差は急速に小さくなる。「このパンツには何を合わせるべきか」「自分の体型にはどんなジャケットが似合うか」「この場面なら、どの靴を履くべきか」そんな問いにも、誰もが瞬時に一定水準の答えを得られる時代になる。そんな時代において、勝負の場所は「知識」から「自己編集」へ移っていくのではないか。
ここからは、AI時代の身だしなみに差がつく5つの自己編集力をテーマに、身だしなみの基準を上げる方法を考えていく。
自己編集力 1無数に増える選択肢を絞る力
AIは、ほぼ無限に選択肢を増やせる。新しく買った黒いパンツの写真を撮影し、「これに合わせる靴は?」と聞けば、ローファー、スニーカー、ブーツ、サンダルまで、条件を変えながら何十通りもの正解を提示してくれるだろう。だからこそ重要になるのが「選択肢を絞る能力」だ。情報が不足していた時代には、より多く知っていることが強みになった。対して情報過多の時代では、何を足すか以上に、何を削ぎ落とすかがスタイルを左右する。
「シワが目立つ服は着ない」「この色は選ばない」「パンツはこの太さを基準にする」そんな制約を自ら設けることで、初めてスタイルの輪郭が生まれる。
自己編集力 2自分らしさを理解する力
AIは、身長や体重、顔型、職業、好みといった情報から「似合いやすい服」を提案できる。しかし、本当の意味で自分を理解するには、そのデータだけで十分なのか。ジャケットを着るときは少し袖をまくった方が落ち着く。細身のパンツよりワイドシルエットの方がストレスが無く、自然に振る舞える。黒よりネイビーの方が顔色が良く見える。仕事では威圧感を出したくない…etc.
こうした個人の感覚は、日々服を着て、人と会い、鏡を見ながら蓄積されていくもの。一般論としての「似合う」はAIが教えてくれる。しかし「自分はどうありたいか」までをAIに任せない意識を持ちたい。情報格差が縮まるほど、「自分自身をどれだけ解像度高く理解し、他者に理想の自己イメージを演出できるか」という差が、これまで以上に大きくなる。
↑ヴィンテージコレクター、アンドレス氏の着こなし。減点されない無難な答えを選びがちなAIには、なかなかたどり着けない領域だ。
自己編集力 3服が映える身体を作れる力
同じTシャツを着ても、なぜか格好良く見える人がいる。その差は、服だけを比べても説明できない。姿勢、肩の位置、歩き方、身体つき、肌の状態、髪、表情。そうした「着る人」側の要素が重なり、最終的な見え方を左右するからだ。服選びのセオリーが広く共有されるほど、ファッションにおける差は、何を着るかだけではつきにくくなる。そこで相対的に重要度を増すのが、服を着る人間そのものだ。髪型にこだわる。筋力をつける。姿勢を整える。肌を手入れする。十分な睡眠を取る。歩き方を意識する。方法やアイデアはAIからいくらでも教えてもらえるが、それを実行し、積み重ねるのは本人次第だ。
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正直、この考え自体は、昔から身だしなみに高い意識を持つ男たちの間では当たり前のこと。ただAIによって服選びの知識格差が縮まれば、その考え方は一部の男たちだけのものではなくなり、より広く浸透していくはずだ。
自己編集力 4選択の履歴を意識して残す力
AIにコーディネートを提案してもらえば、毎日それなりに格好良い服装を作ることは容易になる。しかし、「あの人らしい」と感じさせるスタイルは作れない。いつも同じ形の時計を着ける。パンツには一定の太さがある。革靴は黒が中心。素材は天然繊維を好み、髪型も大きく変えないなど。本人が意識しているかどうかに関係なく、何年も繰り返された選択には一貫性が生まれる。自分らしいスタイルとは、ある意味で「選択の履歴」と言える。
自己編集力 5実物を見た経験が、審美眼を養う
AIがどれだけ高度になっても、実物を見て初めて分かる感覚は残る。このウールは歩いたときの落ち方が美しい。この革は良いエイジングを楽しめそうだ。このTシャツは首元の数センチが絶妙。このパンツは少し腰位置を落として穿くとシルエットが良く見える。こうした感覚は、服を見て、触れて、着て、失敗することで育っていく。情報ではなく経験から形成される「審美眼」だ。誰もが同じ商品情報へアクセスできるようになれば、知識そのものの希少性は下がる。その反対に、経験に裏打ちされた審美眼の価値は高まるだろう。
AIが消す格差と、AIでは消せない格差を見極める正解が誰でもわかる時代でも、埋もれないために
かつては「何を着れば格好良くなるのか」、見当すらつかない人が多かった。今はAIに聞けば、誰でも簡単に一定の正解へたどり着ける。それでも街を歩けば、「なぜか格好良い人」と「間違ってはいないのに印象に残らない人」は存在し続ける。その差を生むのは、身体づくり、立ち居振る舞い、自己理解、そして経験の蓄積など。どれも一朝一夕では手に入らず、自ら動かなければ積み上がらないものだ。AIによって服選びの情報格差は縮む。しかし、手にした情報を実行に移せるかどうかの差、いわば「実行格差」は、むしろ鮮明になる。自分は差をつける側か、つけられる側か。答えは、毎日の積み重ねにあると今一度、心に留めておきたい。
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