ミラノ男の女性への振る舞いはなぜ自然で洗練されているのか?

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「イタリア人男性は情熱的で女性への接し方がうまい」というのは世界的によく言われることだが、実際にミラノに暮らしてみて彼らの女性への接し方ほど参考になるものはないと実感している。彼らの女性への振る舞い方は、おもわず「Perfetto!(ペルフェット)」つまりは「完璧だ!」と叫びたくなるほどに、同性の私が見ても惚れ惚れしてしまう。

男性である私がそう感じるくらいなのでイタリアを訪れる日本人女性は、なおさらだろう。「なぜ彼らはこれほどまでに女性への接し方が上手なのか?」「果たして、日本人の男性も彼らと同じ様に女性に接することが出来るのか?」などと考えをめぐらせながら、ミラノ男を観察している。観察を続けた結果、これはミラノ男性に限らず(国籍や人種に関係なく)誰にでも実行できることだと結論付けた。筆者がミラノ男から学んだエッセンスを紹介していこう。

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長友佑都選手によって話題になった「アモーレ」の本当の意味とは?

唐突なようだが「イタリア文化における3大要素とは?」と聞かれたらどのように答えるだろうか。「Amore(アモーレ)・Mangiare(マンジャーレ)・Cantare(カンターレ)」というのは模範解答のひとつだろう。この言葉の意味は「愛すること・食べること・歌うこと」。これらはイタリア人の日常生活にあたりまえに溶け込んだ習慣である。その中のひとつ「Amore(アモーレ)」。最近日本では、サッカー日本代表長友選手が「Amore(アモーレ)」という言葉を使い、この言葉が話題にのぼったが、筆者としては、日本での「Amore(アモーレ)」のとらえ方・扱い方が少々雑な気がして残念である。

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なぜなら、この「Amore(アモーレ)」という言葉には「イタリア人男性の女性への接し方の素晴らしさ」をひもとくヒントが隠されているから。「Amore(アモーレ)」は、実はイタリアにおける日常生活ではどんな場面でも非常によく使われる言葉だ。例えば、夫が妻に向かって「アモーレ、鍵をとってくれないか?」。仕事から帰った夫に妻が「Ciao!Amore」と挨拶し、親が子どもを叱るときに「アモーレ、何ということをしたんだ!」などと様々な相手や場面において使われる。実は「Amore(アモーレ)」とは「愛する人」と言う意味で、夫婦や恋人同士、また親が子どもに対して当たり前に使う言葉なのである。

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つまり「身近な人を愛し大切にしているんだよ」と日常的に表現する言葉・習慣が存在しているのだ。さて、ここで「日本にはそんな文化がない」と言ってしまったらそれでおしまいなので、そう片付けないでいただきたい。彼らの接し方は文化を超える、人と人の大切な絆を教えてくれるものである。

実際、ここミラノで驚く光景がある。それは思春期の娘が父親と腕を組んで歩いている光景。これは決して特別な光景ではなく、街の至る所で普通に見受けられる。それに対して日本ではこんな光景はほとんど見かけない、見かけたとしても非常に珍しいことに違いない。これは何を物語るのか。「言葉によって愛する人への距離感を縮め、多くの時間を共有することによって、家族の絆、人と人との絆を強めることの重要さを物語っている」と、筆者は考える。子どもの頃から愛情表現を豊富に受けているため、イタリア人男性にとって愛情を表現することは普通で当たり前のこと。むしろそうせずにはいられないことなのだ。また当然だが、イタリア人女性も幼少の頃から愛情表現されるのに慣れている。ちょっとやそっと男性から気の利いた優しい言葉をかけられたぐらいではなびかない。そんな高いハードルを前にして、イタリア人男性は女性に響く愛情表現を常に考え、実行する。イタリア男性が「情熱的」といわれるのにはそんな背景があるのかもしれない。

ちなみに筆者は結婚して12年経過するが、今では妻に「愛しているよ」と言うように心がけている。最初は抵抗があったが、実践してみると夫婦の距離は短くなり夫婦のあるべき姿として素晴らしい結果になることを実感している。日本の読者の皆様は、ここ最近奥さんに、彼女に、子どもに、「愛しているよ」と言いましたか。「愛しているよ」という言葉をちゃんと大切な相手に向かって表現する、これがイタリア人男性にとっては、女性への接し方を習得する第一歩なのかもしれない。

気性の激しい女性でさえ「守るべき弱い存在」として扱うのがミラノ流

「イタリア人男性って女性に対してどのような接し方をしているの?」と、ミラノに住む20代と30代の日本人女性に尋ねてみた。2人とも「イタリア人男性は、女性を守るべき存在とみている」と回答。そのうちの1人は、「イタリア人女性はとてもたくましいのに、イタリア人男性は、そんな女性でも守るべき存在としてみているからすごい!!!」と答えたのだが、筆者はこの答えに笑ってしまった。実に的を得ているからだ。

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先日こんな光景に遭遇したことを思い出した。それは、年頃の若い女性2人が車の縦列駐車の仕方について大声で口論していたのだ。路線バスも行き交う大通り、綺麗なレストランの目の前で、お互いに罵声を浴びせあっていた。日本では路上で女性同士が罵声を浴びせあうことなど考えられないことだろう。そんな光景が珍しい筆者は、その様子を少し離れた所から、ついつい見てしまった。そうしたら「Via!!! Via!!!」(あっちいけ!!あっちいけ!!)と今度は筆者に向かって怒鳴り始めたのである。筆者は「イタリア人女性は強い!」と思いつつその場を去った。確かにこのような強い女性たちを、イタリア人男性は、優しく大切にエスコートしている。つまり、女性は女性。性格はもちろんのこと、年齢、国籍、人種、容姿などは一切関係ない。当然、中年や年配の女性に対しても親切にする。もちろん、好意を寄せている女性に対しては、さらに特別な接し方があるのだが、基本的に彼らは恋愛対象であろうとなかろうと、女性に対しては弱い器のように優しい接し方を心がけているのである。

イタリアでは常識の「Prima donna(プリマドンナ)」とは?

イタリアでは常識の「Prima donna」(プリマ・ドンナ)」。いわゆるレディーファーストのことである。女性のためならどんな時も男性は自己犠牲を払うべしという考え方が当たり前に浸透している。男性が一番。男性優位という考え方はないのだ。例えば、基本的に飲食店の支払いはすべて男性がする。女性には支払いをさせないというのは徹底されている。筆者がミラノに住み始めて間もない頃、妻と一緒にBar(バール)でコーヒーを飲んだ。レジで我が家のお財布から妻が払おうとした時、Bar(バール)の店員から「おいおい、なんで女性が払っているんだ。君が払わないと」と言われてしまった。筆者は「いや、この財布は私の財布なんですよ」と店員に説明しても、「いいや、女性に支払わせるなんてダメだ!」と言うのだ。その後、お会計の様子を観察したら、女性を連れてくる男性はすべて男性が支払いをしているのだ。夫婦だから女性が支払っても問題ないと思ったら大間違い。

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その教訓をもとに妻と一緒にBar(バール)に行ったら、筆者が支払いをするようにしている。どんな時にも男性が女性のために行動する。当然の如く。これがイタリア人Uomoたち・ミラノ男の心得なのである。ゆえに日本の若者男女の間では当たり前になりつつある「割り勘」という考えなどは、彼らにとっては「ありえない」のである。

年長者が率先して”イイ男”としての手本を示すのがミラノ流

興味深いことに、老いも若きもミラノ男性の女性に対する接し方は実に洗練されていることに気がつく。先日、地下鉄に乗っていた時のこと、初老の男性が席に座っていた。すると初老の女性がとある駅から乗りこんできた。この初老の男性は、すかさずその女性に席を譲ったのである。それもさり気なく。その光景を見ていた筆者は思わず、その男性に向けて「素晴らしい!!」という意味を込めて、親指を立ててグッドサインを出した。すると、この初老男性は、ただウィンクをして返すのであった。その譲り方、たしなみ、そして当然のことを当然にやったんだよというさり気なさ。そして、ウィンクで返す。筆者にとっては「こんな男になりたい」と強く思わせる強烈な経験だった。

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このように年配男性が女性に対して優しく接する姿は街のいたるところで目撃できる。いわば、年上の男性が公共の場で年下の男性にお手本を示しているという言い方もできる。この出来事をイタリア人男性の友人に話したら面白いことを教えてくれた。彼は「イタリアはカトリック文化つまりキリスト教の文化なんだ。だから、キリスト教の教えでもある、自分にしてほしいことを他の人にするんだよ。一方、日本は仏教文化。周りの人に迷惑をかけないように行動する。この違いかな。」と言うのだ。なるほど。面白い観点だ。

われわれ日本男性がイタリア男性から学ぶポイントとは?

イタリア人男性は、周りの人のために能動的に行動する。これは女性・男性関係なく、人のために行動することが染み付いている。大切なのは相手のことをよく見て、今自分に出来ることを反射的に実行すること。そしてその経験を積み重さね、どんな状況でも彼らは男女問わず喜ばれるたしなみができるのである。それが当然女性への自然な接し方へと繋がってゆくのである。これは、国籍や環境を超えて通用するポイント。

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「今、周りの人が何をしてもらったら喜ぶのか。」と考えて行動してみる。最初は見当違いの行動になってしまうかもしれない。しかし、その失敗が次の成功へと繋がるだろう。なぜなら、日本人は「考える」という素晴らしい特性を持っているからだ。失敗したことを次に活かすよう考えるなら、成功に近づく。もし、成功したならそれは「自信」に繋がる。そして回数を重ねると「確信」に変わる。自分の周りにいる人への関心、そして喜ばれることを形に表すこと。この基盤があるからこそイタリア人男性、またミラノ男性の女性への接し方は惚れ惚れするほど完璧なのかもしれない。

今回はイタリア男性の良いところに散々フォーカスしてみたが、実は日本人男性も彼らに負けない魅力がある。そこで次回に予定しているテーマはずばり「イタリア在住だからこそみえた日本人男性の魅力」。乞うご期待!

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