久留米スニーカーの歴史と主要ブランドの紹介

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久留米スニーカーの歴史と主要ブランドの紹介

日本有数のスニーカー産地として有名な久留米。国産スニーカーの一大産地として発展してきた知られざる歴史と、久留米発の主要スニーカーブランドを紹介していきます!

世界初のゴム底足袋(地下足袋)が開発された地「久留米」

久留米は、ムーンスターの前身である「つちや足袋」に代表される製造メーカーが生まれるなど明治から足袋の産地として知られていました。
そしてときは大正時代、労働者の足元は昔ながらの草鞋(わらじ)が定番だった時代に変革が起きます。第一次世界大戦による好景気で国民生活が向上する中、履物については昔ながらの簡素で消耗しやすく耐久性が低いものでした。ここに目をつけたのがいまや世界的企業である「ブリジストン」の前身としても知られる「日本足袋株式會社(現・アサヒコーポレーション)」の石橋正二郎氏。アメリカ製のテニスシューズから着想を得て、「ゴム底足袋(地下足袋)」を開発。試作品を三井三池炭鉱に提供したところ、すべりにくく労働者の安全性を確保できる上に、耐久性が高いので作業効率が上がるということで大評判。発売後、全国で爆発的に普及していきました。「ゴム底足袋ことが、国産スニーカーの原点」と言っても過言ではないですね。

その後、久留米一帯がゴム産業や縫製業をベースにしたスニーカー産地として発展していったというわけです。

MOONSTAR(ムーンスター) 「メイドイン久留米スニーカーの雄」

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運動靴から、長靴や子供靴まで幅広いラインナップを製造する久留米を代表する企業となったムーンスター。久留米スニーカーが見直されるきっかけとなったブランドです。バルカナイズ製法に定評があり、古くはコンバースのオールスター、最近では多くのセレクトショップやブランドから別注をうけて小口生産を請け負うなど最近の動きには目を見張るものがあります。明治6年創業の「つちや足袋」として足袋の製造に起源をもつブランドだけあり、日本人の足を長年みつめてきた実績は伊達ではありません。

SHOES LIKE POTTERY (シューズ ライク ポタリー)「ソールの青がブランドの象徴」

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SHOES LIKE POTTERY(焼き物のようなくつ)というブランド名が示す通り、バルカナイズ製法を打ち出したブランド。ムーンスターのブランドです。都心で人気が急上昇しているのに対して供給数が少なく、モデルによっては入手が困難な状態です。

SOLS (ソルズ)「ラバーテープが印象的なスニーカー」

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60年代、70年代のオールドスニーカーのディテールを研究の上、アサヒコーポレーションの工場でバルカナイズ製法で作られています。やや内側に振った、1970年代のラスト(木型)を使用し、オーセンティックなシルエットを実現しています。生地にオーソドックスな11号帆布、ソールにはスペリーソールを採用することでクラシックなスケートシューズのようなアクティブな雰囲気が魅力。

Doek「無形重要文化材、久留米絣を使用した贅沢なスニーカー」

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重要無形文化財「久留米絣(かすり)」の企画で知られる福岡の「GOOD WEAVER」と「ムーンスター」とのコラボレーションによって生まれたスニーカー。ちなみにブランド名のdoekとは、オランダ語で「織物」を意味するフレーズであり、日本語の「ズック」の語源です

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