ドイツ時計の聖地「グラスヒュッテ」とは?

ドイツ時計の聖地「グラスヒュッテ」とは?

時計愛好家の間でドイツ時計の聖地とされている、グラスヒュッテという町。有名な時計産地というとスイスの名が挙がることが多いが、このドイツ・グラスヒュッテからも超一流時計ブランドが複数輩出されている。

なぜドイツの片田舎が“時計の聖地”になったのか?あのフライング・トゥールビヨンが生まれたのもここ!「グラスヒュッテ」の地で時計作りが始まったワケ

時計の産地としてはスイスが圧倒的に有名だが、機械式高級時計の産地を語るならドイツも絶対に外せない国のひとつ。中でも、スイスの国境近くではなくドイツ東部のザクセン州、その山間にある小さな町「グラスヒュッテ」はドイツ国内において深い歴史を持つ時計産地だ。現在でこそ世界中の時計愛好家が憧れる聖地として知られているが、その始まりは決して華やかなものではなかった。かつて銀鉱山として栄えたこの町は、19世紀に入ると鉱脈の資源が枯渇し、地元住民は生活の危機に瀕することに。その“町おこし”のための手段としてスタートしたのが時計作りであった。

当時のグラスヒュッテの風景

グラスヒュッテの窮地を救うべく立ち上がったのが、伝説の時計師フェルディナント・アドルフ・ランゲ氏である。彼が宮廷時計師を務めていたザクセン王国からの支援を受け、1845年にグラスヒュッテの地に時計工房を開設。その後、ユリウス・アスマン氏、モリッツ・グロスマン氏、アドルフ・シュナイダー氏らによりドイツ時計産業の繁栄が築かれた。さらに、ザクセン王国の政府は時計職人の育成も支援。職人を養成する時計学校をグラスヒュッテの地に設立することで、貧困に苦しむ地元の若者たちに時計作りの技術を叩き込む職業訓練の場を設け、グラスヒュッテという町全体に巨大な「時計生産システム」を作り上げた。

また、ドイツ時計学校グラスヒュッテ校は職人の育成のみを目的としておらず、技術革新という開発面においても多大な功績を残している。同校のマスターウォッチメーカーであり教師であったアルフレッド・ヘルヴィグ氏は、時計製造技術の中で最も精巧な複雑機構であるトゥールビヨンのさらなる開発に尽力。ヘルヴィグ氏は当初から生徒たちもこの作業に参加させ、1920年、初めてトゥールビヨンを片側に固定し、ケージの上部から解放することに成功した。これがいわゆるフライング・トゥールビヨンと呼ばれるもので、グラスヒュッテにおける最も有名な発明の一つである。スイス時計とはまた違った、ドイツ特有の機能的で質実剛健な時計作りは、グラスヒュッテの地で産声を上げた。

時計産地 グラスヒュッテのすべてがひとつに戦火の影響にも屈さず、現代までバトンをつないだドイツ時計の意地

順調に発展を遂げたグラスヒュッテの時計産業だったが、第二次世界大戦、そしてその後の米ソ東西冷戦が運命を大きく狂わせる。終戦直後の1945年、ソ連軍の進駐により、主要な時計メーカーの設備は賠償品として接収(国家権力などが、強制的に国民の所有物を取り上げること)。さらに1948年には、それらの企業は国有化され、それぞれが個別の国営工場へと姿を変えていく。

そして1951年、東ドイツ政府はこれらを統合する決定を下した。グラスヒュッテにあった主要な時計ブランドと関連企業がすべて一つに集約されることになり、巨大な国営企業「グラスヒュッテ国営時計会社(VEB グラスヒュッター・ウーレンベトリーベ)」、通称GUBが誕生した。

この瞬間、個々のブランドとしての歴史は一度幕を閉じた。しかし、それは決して「消滅」ではなく、一つ屋根の下に集まり、技術、設備、図面、そして職人たちの知恵をGUBという巨大な器の中に結集させたと捉えられる。西側諸国からの供給が閉ざされた約40年もの間、彼らはこの組織の中で、ネジ一本に至るまで自給自足で作り続け、グラスヒュッテの時計作りの灯を絶やすことなく燃やし続けたのである。

GUBの社屋 (Photograph by Glashütter Uhrenbetrieb GmbH)

ドイツ・グラスヒュッテ発の2大巨頭ブランド歴史を一身に受け継いだグラスヒュッテ・オリジナルと、独立・復活したA.ランゲ&ゾーネ

1990年、東西ドイツの統一。この歴史的転換点は、国営企業として運営されていたGUBに「民営化」という変革をもたらした。ここで、現在のドイツ時計界を牽引する2つの巨頭の運命が決定づけられる。ひとつは「再興」の道。創業者であるフェルディナント・アドルフ・ランゲ氏のひ孫にあたるウォルター・ランゲ氏が、統合前に存在していた自身の家系のブランド「A.ランゲ&ゾーネ」を復活させた。これは、一度途切れた名門の魂を呼び覚ます、いわば新たなスタートであった。もうひとつは「継承」の道だ。民営化されたGUB(グラスヒュッテ時計製造会社)は、組織や工場、職人をそのまま維持しつつ、1994年に新たなブランド名として「グラスヒュッテ・オリジナル(GLASHÜTTE ORIGINAL)」と命名された。つまり、かつてのグラスヒュッテ時計産業の資産と技術をすべて受け継ぎ、正統な進化を遂げた姿がグラスヒュッテ・オリジナルだ。地名をそのままブランド名に冠したことからも、グラスヒュッテの時計産業を代表するという誇りが表れている。

両ブランドの時計が、4分の3プレートやスワンネック緩急針といった共通のディテールを持っているのは、歴史の根っこを掘り返してみれば当然。彼らは同じ土地、同じ歴史、同じ技術的ルーツを持つ「兄弟」のような存在だと言えるだろう。その後、2000年にグラスヒュッテ・オリジナルはスウォッチグループの傘下へ、A.ランゲ&ゾーネはリシュモングループの傘下へと加わり、両者は全く別の企業として異なる道を歩み始めた。現在はどちらも超一流の時計ブランドとして鎬を削っているが、グラスヒュッテ・オリジナルの時計の中には、「1845年から一度も途切れず、現場を守り抜いてきた」という事実が息づいている。

ドイツ時計の歴史=グラスヒュッテ・オリジナルの歴史2025年で180周年を迎えた、ドイツ時計の真なるDNAが宿るグラスヒュッテ・オリジナル

GUB時代から連綿と続いてきた歴史は、現在のグラスヒュッテ・オリジナルの時計作りに、他のブランドには真似できない「深み」を与えている。最大の強みは、やはりその驚異的な自社生産体制だろう。先述した通り、終戦後すべての部品を自給自足せざるを得なかった時代のDNAを今も受け継いでいるため、ムーブメントの設計から製造、仕上げ、そして文字盤に至るまで、時計製造の工程の95%以上を自社で行っている。これはスイスのトップメーカーですら容易には到達できない、真のマニュファクチュールとしての矜持だ。

グラスヒュッテ・オリジナルをチェックする

その技術力が生み出す象徴こそが、ブランドのアイコンである「パノ」コレクション。 黄金比に基づいたアシンメトリーなダイアル配置は、単に奇をてらうことを目的としたデザインではない。ドイツ時計に見られる「機能美」を極限まで突き詰めた結果生まれた、芸術的なバランスである。また、視認性を追求した大型の日付表示「パノラマデイト」も、このブランドが誇る代表的な機構のひとつ。質実剛健でありながら、どこか色気を感じさせるその佇まいは、180年という長い歴史の重みと、現代的な感性が融合して生まれたものだと言えるだろう。

グラスヒュッテ・オリジナルをチェックする

時計産地グラスヒュッテの歴史は、そのままグラスヒュッテ・オリジナルというブランド自体の歴史に等しい。2025年、グラスヒュッテの地での時計作りは180周年という大きな節目を迎えたが、すなわちそれは、その系譜を正統に継承したグラスヒュッテ・オリジナルの180周年でもあるのだ。

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All Photograph by Glashütter Uhrenbetrieb GmbH

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